地下足袋山中考 NO3
<癌と森とメタボの話>

 昭和40年代、癌は20年もすると医学が進歩し不治の病から解放されると聞かされたものだ。先のNHK特番に「癌は制圧できるか」がその答えを暗示していた。▲米大統領ニクソンが1971年に癌撲滅をスタートさせたが38年かかっても癌の制圧はできていない。ロバートワインバーグ教授が癌遺伝子を発見したが、先端生命化学がぶち当たった結論は、癌の制圧はできない。さらに50100年はかかるだろうというものだった▲38年間の研究でわかったことは、人体が6080歳になっても癌にならないことは奇跡に近いこと。イモリは尾や手足が切れても再生するが再生細胞(幹細胞、IPS細胞)のコピーは癌になりやすい。人類は再生システムよりも生殖機能が完成する15歳頃までは癌にならない方を選択したらしい▲癌になる仕組みは、遺伝子のコピーをつかさどるパスウエー(回路網)に異常信号がおきるからだ。パスウエーは宇宙のような複雑な仕組みである。そのパスウエーの信号をコントロールする分子標的薬はあるがすぐに効目がなくなってしまう▲さらに、免疫細胞であるマクロファージが細胞の修復や増殖を促す信号で癌細胞まで増殖させてしまう。癌幹細胞も正常な幹細胞も仕組みが同じなので、癌細胞を殺すことは生命の根源に行き着くため癌の撲滅はむずかし、と結論づけた▲こんなネタを使いブナ林の話を始める。ブナ林が現在の分布に勢力を拡大し始めるのは、約1万年前に最終氷期が終わり、約85百年前に対馬暖流が日本海に流入し降雪多雨となったことによる。氷河や氷床が融け、縄文海進が始まり温暖化がピークを迎えた76千年前に日本のブナ帯は完成したようだ。この頃の年間平均気温は現在より23℃高く海水面が現在よりも310メートル高かく、青森県三内丸山縄文集落も海の入江近くに面していた▲現在の森の積雪は23mだ。ブナの幹に着生したチャボスズゴケなどの高さで分かる。森の構造は林床の草本類、樹木は3階建構造で低木(マンサク、クロモジ、カメノキ等)、中木(カエデ類等)、高木(ミズナラ、トチ、ヤチダモ等)から成る。大きく分けると陽樹と陰樹に分かれる。ブナは陰樹(日が当らなくても枯れない)のため、幼樹のまま何年も過ごせる。若いブナはしなやかで圧雪に耐え生き残るが、年輪を重ねたブナは枝を振り落とし、身を守る。人間は柔軟性がなくなるとサプリメントを求めたがる▲ブナは3年と6年周期でおびただしい実を降らせ双葉を発芽するが殆どの稚樹は枯れ、幼樹から生き残ったわずかの若木は母樹が倒れるのをじっと待つ。親が倒れないと子は育てないのが極層林の掟だ▲凛立した樹幹に宿した地衣類や菌類の共生の美は多種多様で尽きないが、森の長にとっては末期の悪性腫瘍である。菌類に侵され動脈硬化した空洞の巨幹は、やがて数百年の天寿を全うし地に横たわる。キノコに分解を委ね、森の肥しとなる▲事件事故(風雪害)を回避しても最後は癌で死ぬ。この摂理から樹木も人間も逃れることはできない。と感念するや妙な安堵感に駆られるのはマイナスイオンの性か▲平成20年度国民医療費は34兆円。このうち生活習慣病は3割を占めるなど、死因別の死亡割合を見ると、6割が生活習慣病が原因で死亡。国は医療費削減のため特定検診と健康指導を義務付けた。癌検診の前にメタボ予防が大事だと異口同音に合点する。フィトンチッド(植物が放す揮発性物質)が充満するブナの森林浴は内臓脂肪燃焼の妙薬なのだと言い聞かせ、大きく深呼吸をする。(2010.5.1